私にはビデオがある!という事に気がつくも、当時は派遣会社から工場勤務。
だが、そう思ったんだからやるしかない。
決心してから、記念すべき初めての作品は、まだ工場勤務中なんだけど、Madison,WIで英語習った経験から、工場でもカナダ人の女性から英語を習っていて、その先生の結婚式で上映する「思い出ビデオ」。
カナダでの上映では、私の映像に涙してくれる人もいて、「映像という決心に間違いはない」と確信。
当時はノンリニアの黎明期で、とりあえずMac買ってMedia100というので編集環境を構築。
仕事で使うビデオはβカムの時代だったため、アナログ的専門知識を必要とした時代背景もよかった。
今のようにSDカードに入ったHD素材をHDDやSSDにコピーして使う、というやり方では、そもそもなんでカラーバーがあるの?
みたいな基本を無視できるけど、アナログテープをデジタイズする、という環境下では、そもそも同期信号など学ぶべきことがいっぱいあり、それが後によかったと思えます。
そんなことで、ビデオの知識はすべて独学。
1998年「ガジェットファクトリー(Gadget Factory)」として、映像制作を開始。
開業直前、中部版「デューダ」(就職情報誌)の取材を受ける。(1998年4月8日号)
起業後1年で、ビデオサロン誌の取材を受ける。(1999年9月号)など、開業早々で自分が雑誌に取り上げられるとは思ってもいないので、いまから思えば運がよかった、と感じます。